浦和ハナコと欠けた星 前編

浦和ハナコと欠けた星 前編


目次


「お疲れ様~、んじゃまたね~」

 

「お疲れ様です、またご連絡しますね」

 

ヒラヒラと手を振るホシノに小さく手を振り返し、ハナコはトリニティへと帰還する。

ゲヘナに行った際にハルカと出会ったことで一時ぎくしゃくすることはあったものの、結局それ以降もホシノとは細々と関係が続いていた。

正確にはハナコが関係を切らせなかった、というのが正しい。

 

『……じゃあホシノさん、次はどこへ行きましょうか?』

 

『うえっ!? つ、次?』

 

『フィールドワーク、まだ終わっていないんでしょう? なら付き合います』

 

『……えへへ~、そうだな~、次はもっと遠くに出かけてみようかな~?』

 

ハルカとの対話で顔を暗くしていたホシノだったが、ハルカはそこに触れず次の話をした。

何も言わなければ、ホシノはもうハナコと会おうとはしないと気付いたからだ。

あちらから関係を断たれる前に、先手を打った形でハナコは勝利した。

結果、週に一度、月に一度というたまにではあるが遠出することになっていた。

 

「やあ、ハナコ。おかえり」

 

そして遠出した帰りには、稀にセイアが出迎えてくれることがあった。

晴れた日に使われるテラス席で、ホストに就任した彼女は付き添いもなしに静かに紅茶を飲んで待っていた。

事前に示し合わせたわけではないが、いつもの予知夢で知っていたのだろう。

通常の感性であればストーカーのように感じるかもしれないが、出会いが出会いだったため、ハナコとしても『連絡する手間が省けたな』くらいの感覚だった。

 

「ただいまです、セイアちゃん。お土産買ってきましたよ~」

 

「ありがとう。中身はなんだろうね。この間は月餅だったし、今回も食べ物かな?」

 

「当たりです。前回のはセイアちゃんには重かったみたいなので、反省して今日はお団子にしてみました」

 

尚その時残った月餅はティーパーティーで出され、ミカがその大部分を完食した。

後でカロリーを知って悲鳴を上げたのはご愛敬だ。

 

「団子か……よその自治区で作られたものは口にする機会は少ないからね、ありがたくいただくよ」

 

「多めに買ってきたので、皆さんと分けてくださいね」

 

「そうさせてもらう。紅茶には合わないかもしれないが、これも一興だろう」

 

「あはは……ごめんなさい、そこまでは気が回りませんでした」

 

「いいさ、楽しかったんだろう? 『百夜堂』ということは、百鬼夜行の方に行ったのかい?」

 

「はい。そういえばセイアちゃん、百夜堂のシズコさんに教えてもらったんですけど、三色団子の色の意味を知っていますか?」

 

「色? ふむ、パッケージだと桜色、緑、白の三色だね。縁起物かな? だとすると紅白じゃなくて緑が邪魔になるが……」

 

「あれはそれぞれ春夏冬を表しているという説があります。なんでも秋が含まれていないので『飽きない』や商売の『商い』に通じているそうでして」

 

「なるほどなるほど、言葉遊びか。言葉には力が宿るからね、そういう蘊蓄は私も好みだ」

 

「お客さんを楽しませるお話がとてもお上手な方でした。看板娘と言われるのもうなずける話です。あとは百鬼夜行と言ったらやっぱり桜ですね。狂い咲きの桜がとても綺麗で――」

 

ハナコはセイアに今日あったこと、見たものを話す。

当初ハナコは、体の弱いセイアにとって、外の話を嬉しそうに話すことは憚られると思っていた。

 

『私は私が見たものではなくて、ハナコが見たものを知りたいね』

 

だがセイアにとっては夢でトリニティ外の景色を見ることはよくあることらしい。

夢の中では現実と変わらぬ感覚で出歩くこともあり、体の弱さも気にならないと。

なので嫉妬するようなこともなく、ハナコの話に耳を傾けることができていた。

 

「でも、こうして話していると、セイアちゃんが予知ができるって全然感じられないですね。さっきもお土産の中身は分からなかったみたいですし」

 

「予知は万能ではないよ。特にハナコはトリニティの外では小鳥遊ホシノの庇護下にあるから、尚の事見ることはできない。ノイズが掛かったようにね」

 

「前に言っていた『特異点』というやつですか?」

 

「そうとも。彼女自身に予知に干渉している自覚はないだろうが、強い神秘を持つ者は時に大きなことをやらかす。それが善行であれ悪行であれ、ね。ハナコとの会話は話のレベルも合うし、私としては新鮮な気持ちで団子の味を想像できるのだから、良いことだと思うよ」

 

ハナコの目を疑いたくはないしね、と続けるセイアにハナコは曖昧な笑顔を浮かべる。

信用してもらえるのはうれしいが、友人作りに一度失敗した経験があるため内心複雑であった。

 

「ああ、そうだハナコ。実は……」

 

「何でしょうか?」

 

ふと思いついたように顔を上げたセイアだが、ハナコの顔を見て開いていた口を閉ざした。

 

「……いや、何でもない。今日は冷えると言いたくてね。早く帰った方が良い」

 

「? そうですね、もうこんな時間ですし……セイアちゃんも休んで下さい。元々体も弱いんですから」

 

「最近は体調もいいから大丈夫だよ。でなければこうして出歩いたりはしない」

 

「なら良いんですけど……」

 

「ああ、お休み」

 

いつも通りの挨拶を告げて、ハナコとセイアは別れた。

 

 

自室に戻ったハナコは、ベッドに腰かけてサイドチェストの引き出しを開けた。

そこに入っていたのは、無地の紙に包まれた飴玉だった。

あの日、ホシノに借りたワイシャツに入っていた。

クリーニングのためにポケットをひっくり返したところで、ポロっと落ちてきたのだ。

ホシノはたくさん懐にしまい込んでいたから、一つくらい無くなっても気づかなかったのだろう。

 

「……」

 

ゲヘナの自治区で出会った少女、ハルカの態度の激変は目を見張るものだった。

ただの飴玉一つで自殺願望がなくなる? ありえない話だ。

だが現実にそれは起きていて、それがこの目の前の飴玉と同じものでできている。

過剰なまでの精神に作用する、アッパー効果を有する物。

それは、麻薬といって差し支えない。

しかも食べて即座に効果を発揮していた。

胃腸での消化吸収を経ずとも口腔内での吸収、味だけで十分思考に影響を与える。

まぎれもなく異常といっていい。

思い返せばハルカにはあげたが、カズサには下らないギャグと誤解されてでも絶対に渡そうとはしなかった。

ホシノはこの飴玉の効果を理解している。

理解したうえで自分でも摂取しており、ハルカにも苦渋の決断で摂取させた。

あれだけ分かりやすい表情をしていて、それをハナコが理解できないわけがなかった。

 

「止めた方がいいですよね。でも……」

 

ホシノのやったことは悪だろう。

だが正論では、あの時のハルカを止めることはできなかった。

罰の悪い顔をしていたホシノを、代案も出せぬハナコがどうして責めることができるだろうか。

距離を置こうとしていたホシノに対してハナコができたのは、袖を掴んで次はどこへ行きますか、と矛先を逸らすだけだった。

結果として、ハナコは飴玉を捨てることも返すこともできず、こうして未だ手元に置いている。

 

小鳥遊ホシノと百合園セイア、一つ歳が違うもののハナコは二人の友人を得た。

だがそれ故に、釣り合った両天秤に悩むことになっていた。

 

ホシノのように生きることができたらどんなにいいだろうか。

しかしトリニティを離れてしまえば、ティーパーティーのセイアに気軽に会うことはできなくなる。

逆にこのままトリニティに残留した場合、セイアとホシノとも時々会うことができる。今のままだが、ハナコにとって苦痛なトリニティに居続けることになる。

 

ホシノとのフィールドワークという名目の小旅行は楽しかった。

ゲヘナで温泉に浸かったり、ミレニアムで暴走したロボットを撃退したり、百鬼夜行で桜を眺めたり、レッドウィンターで雪合戦に興じたり、山海経で食い倒れるまで美食に舌鼓を打ったりした。

心躍る冒険であった。

 

セイアとの会話は楽しかった。

レベルの高い知的な会話を繰り広げたり、あるいは年頃の少女らしくレベルの低い痴的な会話にお互い顔を赤くしたりした。

ホシノとの出来事を語るときは耳を傾けて時折相槌を打ちながら聞くセイアに、ハナコは否定されぬ自身に安心感を覚えた。

静かに日記を見返すような、心休まる一時だった。

 

決断ができぬまま、ハナコはまるで蝙蝠のように二人の間をフラフラと飛ぶ。

一度、二人に聞いてみたことがある。

 

――ねえ、ホシノさん。私はどうしたら良いと思いますか?

 

『んへぇ? どうしたのさ急に? おじさんの言葉に耳を貸すのは良いけれど、それはハナコちゃん自身が決めることだよ。トリニティが嫌だというなら逃げちゃえばいい。でも自分がしたいこと、居たいと思える場所ならそれを守る努力はしないとダメだよ~』

 

――ねえ、セイアちゃん。私はこのままでいいんでしょうか?

 

『難しい話だ。このまま、というのがトリニティでの現状ならば、自らの生きやすいように改善はすべきだろう。しかし社会というものは、好きなものだけを選んで他と関わらない、ということはできない。他人の嫌な部分も含めて、そういうものであると割り切った関係を築くのも一種の手だ。私はこれでもトリニティは気に入っていてね……ナギサやミカという友人関係がある私が、トリニティの良さを語ったところで、今のハナコには響かないだろう。何にせよ、それは私がどうこう言っていい話ではない。ハナコが決断したまえ』

 

どちらも言いたいことは理解できた。

2人ともハナコのことは見てくれていても、ハナコの能力を利用しようとはしなかった。

既に自分というものを確立していて、ハナコに頼る必要性がないのかもしれないが。

小柄な二人だが、ハナコにとっては大人びている得難い友人だった。

 

自分の意見を持っていないハナコだったが、これでもいいのではないか? と段々と思い始めていた。

2人は何も急かしてはいない。

白か黒かはっきりしなければならない、ということはない。

そもそもハナコは青春がしたかった。

未来に悩み、人間関係に悩み、それでも人は生きていける。

こんなこともあった、と後々笑えればそれで十分ではないのか?

当初予定していたものとは異なっているが、これもまた青春と言っていいだろう。

 

――ピロリン

 

「あれ、セイアちゃん?」

 

傍らに置いていたスマホが震え、モモトークがメッセージを受信する。

送り先は先程別れたばかりの彼女だった。

セイアとは直に顔を合わせて会話することが多く、こうしてモモトーク越しに連絡してくるのは珍しい。

 

「どうし……え?」

 

――すまない。だがくれぐれも私を探そうとはしないように。

 

「なんですか、これは……」

 

そのメッセージに、ハナコは嫌な予感が止まらなかった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

一言だけ送ったメッセージに既読がついた瞬間、セイアはモモトークのフレンドリストから浦和ハナコの名前を消した。

 

「……これでよし。いや、見るのと体感するのは大違いだな。ただの数字の羅列を消すことに、こんなに抵抗感を覚えるとは思わなかった」

 

ぽい、とテーブルにスマホを投げる。

電話番号もブロックしたから、このスマホから彼女につながることはないだろう。

 

「でもハナコなら、この意味を理解してくれるだろう」

 

セイアがスマホから顔を上げた瞬間、誰も入ってくるはずのない自室の扉が音もなく開いた。

そうっと中を伺うように顔を出したガスマスクを付けた少女は、セイアと目があった瞬間に、バン、とドアを蹴り開けて中へと突入してきた。

僅か数歩で肉薄した少女は、アサルトライフルをセイアに突き付けた。

 

「やあ、いらっしゃい。待っていたよ白洲アズサ」

 

その日、百合園セイアはトリニティの表舞台から姿を消した。

 

後編

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